蜜声・睦声
 〜大戦時代捏造噺

  


        




 支部に留まっている時の隊士らの過ごしようはというと、総務部に管理された運営に基づいたタイムテーブルを基本にしてスケジュールが定められており、決まった時刻に一斉に起床して点呼を取り、決まった時刻に消灯されて終わる…と、一応は規則正しい生活を送ることが原則とされている。何せ“有事”の只中、しかも最前線に身を置いている以上、団体行動を乱さず規律厳守であらねばならぬ。それに、訓練場や資料庫から、整備エリアに滑走路などなどという各施設を、同じ敷地内に配置された数多くの部隊で共有しているがため、それらの使用はどうしても順番制となり。どの部隊へも公平に、且つ、効率良く運用するための割り振りが優先されるようにと日を送るとなると、どうしても。何時から何時まではどこそこで射撃訓練、次は道場にての乱取り、午後からは整備班と共に次期配備予定とされている新型機への操作講習…というような格好で、時間に追われての生活を送ることを余儀なくされるも致し方なく。とはいえ、

 「あれ? おシチ、勘兵衛様の補佐はいいのか?」

 隊士らがあたる日程のいちいち全てへ、隊長が必ずしも眸を光らせている必要もないのでと、基本的な訓練等は班長に任せ、執務室にて書類との対峙に徹することとなる時間帯が多いのも今更な話。
“もっとも 勘兵衛様としては、皆様の意気揚々としたお顔を眺めている方が断然楽しそうでおいでだが。”
 そして、そういった事務仕事へは、副官殿が日頃以上にその傍らから離れぬのが常のはずだがと、こっちの認識は隊士側からの…もはや定着し切った感のある代物であり。よって、整備班が作業中の格納庫、斬艦刀が幾台も収められた南側滑走路ドッグに一人で姿を現した副官殿へ、彼よりはずっと年嵩の隊士が怪訝そうにそんな声をかけたのも、もっともな反応と言え。そんなやり取りが聞こえてか、他の隊士らも同感らしく、こちらを見やってお返事を待っている模様。そんな視線や気配の集中砲火を頂戴しつつ、

 「さて。」

 当の若いの、うなじに結ったまだ短いめの金色のお尻尾ともども、ひょこりと小首を傾げると、
「征樹殿と良親殿を執務室までお呼びになると、私には先にこちらへ行っておれと仰せになられたので。」
 人払いされましたと小さく笑って見せる。特に準備や何やへの指示は受けなんだので、飛行訓練までにはおいでになると思われますがと続けたところが、

 「そうか、さては何か悪巧みの最中か。」
 「左衛門殿…。」

 悪巧みとはまた人聞きの悪いと、僭越ながらも窘めるように言い返せば。何を申すか、その顔触れでこれまでどれほど、司令部の偉そうな唐変木どもの鼻を明かして来られたことか…と。別段、懸念に感じた訳ではないらしい、むしろ威張っておいでのようとも取れそうなお言いようが続き、

 「大体、あの双璧のお二人にしても、
  勘兵衛様には士官学校での後輩に当たられる両名だからの。」
 「そうだそうですね。」
 「だからこそ、付き合いの長さも質も筋金入りで、
  どんな悪戯を思いつかれた勘兵衛様であれ、
  それへ加担するかどうかなんて、訊くだけ野暮なこと。」
 「ははあ。」

 本日これから取り掛かるのは整備研修ではないのでと、皆様そろって戦闘時仕様の厳重な装備でおいで。額には鉢当てを回し、軍服の上へと帯びた黒革の手套や軍靴も冴えたる印象の、いづれも雄々しき もののふの皆様だが。こちらの話題が勘兵衛様へのそれだと気づいたお歴々、たちまち口々に仰せになったのが、

 「よいか? おシチ。お主も もちっとしっかりせねばなるまいぞ?」
 「は?」
 「あんまり勘兵衛様を甘やかしてはならぬと言うておるのだ。」
 「そうそう。」
 「今のままの甘やかしようだと、お主が風邪でも引いて倒れたら、
  たちまち 勘兵衛様の日々の生活までが立ち行かなくなるやもしれぬ。」

 そうまで過保護な至れり尽くせりだぞよと、もっともらしくクギを刺される皆様だけれど…普通はそういうのって、年嵩の者が若いのを甘やかし過ぎてることを窘める言いようじゃあないかしら。
(笑) 七郎次としては、自分ごときが焼いてる世話なぞ無くなったとて支障はなかろうと常から思ってもいたりする。自分が着任するまでは、身の回りの何やかや、それなりご自身で何とかなさってらしたご様子であり、だからこその…仮眠室の取っ散らかりようがいい証拠。勘兵衛様が仰有るには、あれはあれなり、勝手のいいような散らかし方をしていたのだそうで。そんな御方だってのは もはや重々把握出来ている七郎次としては、せっかくのご忠告、失礼のない程度の相槌を打ちつつも、どこか話し半分に聞き流していたのだが、

 「それに、締めるところはきっちり締めておかねば、
  あれでまだ気のお若い方なれば、どんな悪巧みや悪戯を構えておられることか。」
 「副官のお主が“全く知りませなんだ”では済まぬような、
  何かしらの大ごとだったら如何するか。」
 「筋金入りの策士でおわすことは、お主も重々承知しておろう。」
 「…はあ。」

 自分らの隊長を捕まえて、そこまで言いますかと曖昧なお顔を呈しておれば、

 「せめて内容が判っておれば、
  万が一という折、何とでも弁明を繰り出せる、心積もりも出来ようもの。」
 「はい?」

 何だ、結局のところ、その悪巧みや悪戯が破綻してしまった場合に庇う上で困らぬようにということかと。口では何だかんだ言ってる皆様もまた、やっぱり隊長へは甘いというか、勘兵衛へ心酔した上での物の見方しか出来ないらしく。そんな事実へ こっそり苦笑が洩れる七郎次だったりし。しまいには、

 「いっそご一緒にと加担してしまうくらいの大胆さを見せねば。」

 無茶は若いのの特権だとでも言いたいか、そんな言いようまで飛び出す始末。まだぎりぎり十代の七郎次は、彼らにしてみりゃ十分“子供”に見えているのかも知れずで。それにしたって、
“…それでは本末転倒ではないかしら。”
 甘やかすなと言っていたものがそれじゃあね。
(苦笑) それだけ自分もまた可愛がられておればこそだろう、たとい下手を打っても我らが庇ってやろうからとのお言葉に。頼もしいやら…ますますのこと気が抜けないやらと、何とも複雑な想いをしつつも 当たり障りのない微笑いようで返しておれば、

 「第2小隊、全員そろっておるか?」

 広々とした格納庫の一番奥向きまで、壁やら天井やらへと反響しつつも貫き通ったのが、その隊長殿の放ったよく通るお声だったりし。途端に無駄口が止まっての、軽快な足取りで隊列整えざっと居並ぶ皆様の、所作動作の切れのいいこと。そんな移動で立てられた、靴音や衣擦れの響きの余燼が消え去るの、素早く浚って聞き届けてから。班長らを束ねる長頭の隊士が代表し、

 「第2小隊、全員打ち揃っておりますっ。」

 きりりとした声を返すのへ、よしと鷹揚に頷かれ、

 「それでは、まず先日の会戦時の編隊陣形を再現する。
  順次離陸し、方位設定は当時のそれで、宙空にて待機。
  各班の中継指揮は、征樹、良親が統括。」
 「はっ。」

 何を確認しどんな連携を強化する予定の訓練なのかは、事前に打ち合わせてもいたこと。たとい演習であれ、時間を無駄にせずのきびきびと動くところは ただただ壮観にして清冽に尽き。実戦さながらという手際のよさと素早さで、格納庫から引き出すところからを手掛けての、こちらも歴戦の愛機が次々と、晴れ渡った藍の空へと羽ばたいてゆく間合いの歯切れのよさよ。整備班の工兵たちさえ、手放しで惚れ惚れと見ほれるほどの見事さは、この部隊がいかに精鋭揃いであることか、そしてこの規模でも負け知らずなその実力の基盤を、くどくどと言葉でもって飾らぬ代わり、態度で体言しているようなもの。どんな大勝を引っ提げての凱旋直後でも、決して驕らず平素のお顔で通すところもまた粋と。恐らくは出入りの業者が持ち帰るのだろそんな噂が、街出のたびごと先回りして待ち構えており、よっての人気も衰え知らず。

 “…だっていうのに。”

 妙に朴念仁というか、それもまた面倒だからということか。戦さに関わらぬことへはまるきり関心が向かぬというほど、偏ったお方でもないくせに。それなりお酒を召すのもお好きであるにもかかわらず、ご自身は滅多に街まで羽目外しには出られぬ隊長殿。小隊所属の隊士らに好かれておいでなだけじゃあない、花街でも妓楼でも、お名前が出ればひとしきり、その男ぶりを誉めそやする話題が飛び交いの、一度でいいからご本人と膝突き合わせて盃をと、馴染みの前にてまんざらでもない声を出す太夫までざらにいるとかいうお噂の数々は、七郎次も打ち上げだの慰労会だのといった、色々な折に皆様からよくよく聞かされていて。若かりし頃は勢い余っての無茶も散々に繰り広げ、様々な武勇伝も立てられし、滅法な人気の御方だったとか。

 “まま、それは判る話だよな。”

 ご出身は西か南か、野性味あふるる彫の深い面差しは、男臭くて精悍で。上背がおありで肩も胸も厚く、長い腕脚もまたしっかと頑健な筋骨屈強の士でおわしまし。そこへと…年齢相応以上の重厚な落ち着きがほどよく滲んでの、知的な静謐さを保っておられるのがまた格別の、何とも印象的な男ぶりには、誰だってハッと視線を奪われてしまってもしようがない。
「…。」
 斬艦刀で曇天をゆく空路のさなか、重々しい外套の裳裾や伸ばしておいでの深色の髪をたなびかせ、悠然と前方を見据えておいでのお姿も。渺茫と荒れ果て、血の香を乗せた風の吹きすさぶ、死の匂いが垂れ込めた だただ殺伐とした戦さ場に立っておいでの時さえも。雄々しくも重厚厳然、古武士然と納まり返っておいでになりつつも…何かしら内に秘めての蠱惑に満ちた、その存在感の深さ重さは比するものがなく。どんなに距離があろうとも、ついぞ視線を剥がせぬ凛々しき御方。

 「…こら、おシチ。」
 「え? …あ、はははは、はいっ!」

 しまった、よほどのこと腑抜けたお顔になっていたかしらと。掛けられた声で我に返ったという事実が示す至らなさ、自分で真っ先に気づいて焦ったところを、更に くつくつと笑われてしまい、

 「あんまり真摯に見つめてると、大事なお方にそのうち穴が空くぞ?」
 「そ、そんなっ。////////」

 いつの間にそこまで寄られていたか、耳元へお顔を寄せられてのこそこそ話。低められたお声の響き以上に擽ったい内容へ、うわあ、訓練中に何てことを言いますかと、咄嗟の反応、持ってたバインダーを思わず頭上まで振り上げれば。怖い怖いと言いつつもお顔は満面の笑みで埋め、軽快に逃げ去った良親が肩越しに見返ったその先では。憤慨しきりと真っ赤になってキィキィ叫ぶ、うら若き副官殿のやんちゃな背中。くすくすと穏やかに微笑いながら、静かに眺めておいでの御主がおられ。

 “ホンっト、いい傾向じゃあないですか。”

 何かと言っちゃあ渋面作って黙りこくっておられた、そんな時間がどんどんと長くなってばかりだったのが嘘のよに。跳ねっ返りのやることなすこと、いちいち楽しげに見守っておいで。そのお顔こそ、我らには代替なき至宝なのであり、

 “だからこそ、こたびの悪戯にも加担するのでございますよ?”

 と、こちらは操縦席の風防越し、征樹殿がやはり苦笑をしておいで。はてさて、一体何をどう、企んでおいでの三巨頭でおわすやら。次々飛び立つ斬艦刀が立てる轟音に掻き消され、何より意識を切り替えたことで、七郎次の心持ちからもあっと言う間に消し飛んでしまい。のちの騒動が勃発するまで、こんな経緯があったこと、影も形も出て来なかったりするのである。






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 *何だか勿体振っててすいません。
  つか、次の場面とは時間帯が違うんで、
  壁紙のカラーでこれは分けなきゃと気がつきまして。
  さてどんな企みなのやら、もちっとお持ちくださいませですvv


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